俺の彼女が世界で一番可愛い 1/3

「『魔女』……?」

 

 首都マグノリアから遠く離れた小さな町に佇んでいる小ぢんまりとした雑貨店。その店頭に『大人気! 魔女の秘薬あります!』という煽り文句が書かれた看板が設置されていた。

 『魔女』という言葉は現代においては通常使われない。それは魔術の仕組みがまだ解明されておらず、『悪魔を呼びだす異端な物』として教会とも敵対していた時代の呼び方だ。

 教会に所属する魔術師も存在する今あえて魔女などと名乗るのは、「かつて存在したが失われた魔術が……」などと怪しげな作り話をさも真実のように語り出して何も知らない人を騙すやり方の一つ。

 珍しく出張など言い渡されて疲弊しているので余計なことに首をつっこみたくない。でもこんなにあからさまに不審な店を放置するのは良心が咎める。

 その場に立ち止まって数刻。結局俺はその店で売られている『魔女の秘薬』を入手して中身を確かめることにした。

 

* * *

 

「――ということがあって、結局違法な魔術具だったんですよ。どうやら『惚れ薬』とかいう触れ込みで流通してたみたいです」

 

 三日間ほどマグノリアを離れている間にあったことを、いつものように庭園で待ち合わせた彼女に話す。

 暑い夏は過ぎ去り、今は秋。彼女の前でだけ浮かべる穏やかな笑顔も、優しい声も、完全に板について久しい。

 庭園で過ごすのも楽になって何よりだ。寒くなる前にここで待ち合わせることをどうにかしないといけないという課題はまだ解決していないが。

 

「惚れ薬? 飲ませた相手に好きになってもらえるってこと?」

「いえ、飲むのは買った本人で、その人の外見や振る舞いを魅力的だと周囲に感じさせるという魔術でした」

「ふうん……。あんまり人に迷惑がかかるような物ではなさそうだけど」

「周囲の人間の精神に無差別に作用するような魔術は原則として禁止されているんですよ」

 

 もしも飲んだ本人の魅力を本当に高める魔術なら――たとえば女性だったら髪をさらさらにするとか、肌つやを良くするとか、そういう魔術なら合法だったのだがそんな物ではなかった。

 大体そういうのは『魔女の秘薬』なんて大層な名前ではなく普通に市販されている。

 

「そっか。精神操作の魔術なんだ」

「はい。売っている側はそうとは言わないので気づかず買ってしまうようです。ネージュ様も怪しげな物には気をつけてくださいね」

 

 ずっと大教会の中で暮らしている彼女は周囲に対する疑いの目が養われていないイメージがある。

 特に友好的に接してくる相手のことはすぐ信用する上に、言うことも素直に聞いてしまう。もし俺が詐欺師だったらきっと今頃好き放題に言うことを聞かせていると思う。

 いつか彼女が市街地で暮らすときのために定期的にこういう話をしたほうがいいかもしれない。

 

「うん。……さっきの魔術って、たとえば目の前に一人しかいないときもだめ?」

 

 俺から「騙されやすそう」などと不名誉な心配をされているとは思っていない様子で、彼女は『魔女の秘薬』の話題を続けた。

 

「対象が限定されていて、その相手から合意を得ていれば問題ないと思います」

「じゃあ、私に『魔女の秘薬』と同じ魔術を掛けてみてほしい。ここにはユーグしかいないから大丈夫だよね?」

 

 真顔で思いがけないことを言われた。

 魔術を掛けるのはいい。でも意味がないと思う。俺は彼女のことを既に十分魅力的だと思っている。

 ――それをきちんと伝えていたかと言われると自信がないが。

 夏ごろからある程度言葉にしようと努力はしているものの、好意をそのまま口に出すのは未だに少し緊張する。それにあまり言いすぎても軽薄な印象になりそうで、結局数えられるほどしか伝えられていない。

 

「そんな魔術なんて使わなくても、ネージュ様のことはいつも可愛いと思ってますよ」

 

 こういうことをさらっと言える人間であるかのように見えることを祈りながら笑顔で告げた。

 

「え、あ、……ありがとう」

 

 彼女の白い肌がふわっと紅潮し、少しだけ目を逸らす。今もう限界くらいに可愛い。

 別に照れた顔が好きということではなくて、俺の言葉でよく表情を変えてくれることが嬉しい。親しくしていない人は彼女のことを無表情だと言うけれど、実際かなり表情豊かで、打てば響くような素直な反応をする。

 

「でもそうじゃなくて、なんていうか……いつもと違うユーグを見たいというか」

「そうなんですか?」

「そう。あ、いつものユーグに不満があるってわけじゃなくて、ただちょっと見てみたいだけで……だめ?」

 

 さっきの魔術でどんな一面が見られると期待しているのかはわからない。

 やっぱり特に変化がないような気がする。

 が、首を傾げて「だめ?」と言われるとどうにも断れなくなってしまう。もうずっと前からそうだ。俺が断れないことを理解してやっているなら完全に掌の上で転がされているが、たぶんそうではないので恐ろしい。俺以外にはしないでほしい。

 

「わかりました。少し待ってください」

「いいの? ありがとう」

 

 期待に満ちた眼差しを向けられながら、『魔女の秘薬』を入手したとき撮影した写真を手元の端末で表示する。

 その魔術陣とそっくり同じ物を目の前に描いてから、直接彼女に魔術を掛けるための変更を加えた。

 効果時間が三十分になっているのは長すぎると思うので十五分にしておく。もし万が一効果が切れる前に誰かに遭遇したら俺が強制的に解除しよう。

 

「では魔術を掛けますね」

「うん」

 

 魔術陣に魔力を流して実行する。

 狙い通りにきちんと発動したかどうかがわかるのは俺だけだが、違いがわからない――ことはなかった。