アイラの能力が初めて必要とされた日 1/3

 狭い店内にアンティーク調の棚が並び、色とりどりのアクセサリーや小物が彩っている。

 時刻は昼だが、日当たりが悪い裏通りに面した窓から差し込む光は弱く、雰囲気重視の間接照明も相まって店内は薄暗い。

 

「今日も暇ですねえ、ご主人様……。来客ゼロの連続記録更新でしょうか」

 

 レジカウンターの内側で、アイラは腰まで伸びた髪の毛を指で弄びながらため息をついた。

 

「今日はイドが来るって聞いた」

 

 ご主人様と呼ばれた青年レヴィは、店の奥でブレスレットを作る手を止めない。アイラに目線を向けることもなく手元を見たままだ。少し長めの前髪の隙間からは髪の色と揃いの黒い瞳が覗き、異国の雰囲気を感じさせる。

 

「イドさんってどうせご主人様とお喋りしに来るんですよね? 何か買っていったところ見たことありませんし、お客様にカウントしていいんでしょうか?」

「……イドが買うような商品を店に置こう。画材とか」

「何のお店かわからなくなっちゃいますよ。今もよくわからないのに」

「ここは俺が売りたい物を売る店だから」

 

 アイラが店員を務めるこの店は、おそらく周辺住民からはハンドメイド品を売る雑貨屋だと思われているだろう。

 売られている物の内、最も多いのは店長たるレヴィが自作した物たちだ。残念ながらこの店には来店が少ないのだが、数少ない売り上げはほとんどこの雑貨が占めている。

 他には魔術師が使う消耗品類も売られている。それはレヴィが魔術師だからだ。自分が使う物を多めに仕入れ、ついでに店頭に並べていた。しかし現状では全く売れていない。

 そしてもう一つ、店内の張り紙には『魔術でどんな物でもお好きな色に染められます。店員にお気軽にご相談ください!』と記載されている。一応、これこそがこの店のメインの売り物である――らしい。この店唯一の店員たるアイラは、この張り紙の内容について客に相談されたことは一度も無い。

 

「売りたい物とは言っても、今は一応自信をもって説明できる物しか置いてないですよ。画材は私もご主人様も素人すぎます。何もわかってない人間に物を売ってほしい人はたぶんいません」

「確かに。じゃあまず絵画教室に通って画材の良し悪しを見分けられるようになろう」

「努力の方向性を間違ってませんか? 人間の一生は短いんですからもっと効率的にやっていかないと時間が無くなりますよ?」

 

 などと二人で話していると、店のドアが開いた。

 そこにいるのは長身の青年。そして彼とは十歳ほども年が離れていそうな少女だった。

 

「いらっしゃいませ!」

「どーもー」

 

 アイラは店員として笑顔で彼らを出迎える。レヴィは店の奥から出てこない。『自分がレジに立っていると客が寄ってこない』ということを理由に、レヴィは接客のすべてをアイラに任せていた。

 来店した青年のことは何度も会ったので知っている。やや長めの灰色の髪を無造作に束ねている、褐色肌の彼こそがイド。レヴィの友人の画家である。

 しかし彼の傍らにいる金髪の少女は、アイラの記憶が正しければ今まで来店したことはなかった。

 少女のことは気になるが、アイラと彼らはあくまで店員と客の関係。客の関係性を聞き出そうとするなど店員としてあるまじき行為。アイラは好奇心を心の中にとどめ、いつものように相談用ブースに向かっていったイドを追った。

 いつもイドはこのカウンターでレヴィと話すのだ。どうやらレヴィが収集している鉱石などを見せてもらっているらしかった。インスピレーションが湧くのだという。

 とはいえ、店長のレヴィに取り次ぐのは店員のアイラの仕事なのだ。すぐにレヴィに交代することがわかっているので、アイラは相談用ブースにすぐには座らなかった。

 

「今日もレヴィさんとお話されますよね? 今呼んで来ます」

 

 イドがすぐに腰かけなかったことを不思議に思いながら尋ねると、彼は手をあげて静止した。

 

「ああ、今日はちょっと違くて。この『魔術で物を染められます』ってやつ、髪や目の色を変えることもできる?」

 

 イドが指さした先には、今まで誰にも見向きもされなかった張り紙があった。

 まさかイドがその張り紙を認識していたとは思わず、アイラは目を丸くする。

 

「えっ、イドさん……それにご興味が⁉」

「うん、俺じゃなくてこちらのお嬢様が、なんだけど」

 

 イドにお嬢様と呼ばれた少女は、イドの代わりに相談用ブースに腰かけた。

 お客様にカウントしていいのだろうか、などと失礼なことを考えていたことをアイラは恥じた。

 相談用ブースでしょっちゅうお喋りしているだけに見えたが、だからこそ横の壁に貼ってある張り紙が記憶に残っていたのだろう。そしてこうやって見込み客を連れてきてくれたというわけだ。超優良顧客と言える。

 イドが連れてきてくれた顧客第一号の期待に応えるべく、アイラは全力で少女に商品を売ることに決め、相談用ブースに備え付けの椅子に座った。