【R15】私たちのゆっくりな一歩
※R15です。直接的な性描写はありませんが、初夜の話をしています。
※幻覚強めです。
ユーグと結婚し、素敵な一軒家で共に暮らし始めて約一か月。
私たちの結婚生活は順調と言えるだろう。毎日約束しなくても顔を合わせることができるし、喧嘩するようなことは起こっていないし、人目も気にしなくていいし、とても幸せだ。
ただ私たちの間には未だに夫婦の営みというものが無かった。
やろうとして失敗したというわけではなくて、一度も挑戦すらしていない。
『荷ほどきで疲れているから』『もう少し生活に慣れたら』などと思っている内に二週間ほど経過し、それからは夜にそれとなく甘えてみるようにしてみたけれど特に効果がなく、せいぜい触れるようなキスをして終わってしまう。
三週間目になり、段々、そういうことをしたいと思っているのが自分だけなのではないかと思い始めた。
ユーグは私のことを確かに愛してくれていると思うけれど、それは家族愛に近いもので。もしかしたらユーグの中にあったかもしれない熱も、結婚するまでの約十年間の間に冷めてしまったのではないだろうか?
そんなことを一人で悶々と考え、一つの結論に至った。
仮にユーグにそういうことをしたい気持ちが無いとしても、私にはあるのだから、それを伝えなければならない。
そもそも私はいつもユーグが声をかけてくれるのを待っているだけで、私から声をかけようとしなかった。ユーグだって、私がそういうことをしたくないと思っているのかもしれない。
私たちは夫婦なのだから、きちんと話さなくてはいけない。
* * *
そして今日、お風呂からあがって寛いでいる時間を狙って話すことにした。
ユーグはリビングのソファで本を読んでいる。
昨日も、一昨日も、勇気が出なくて話しかけることができなかった。
でも、もう明日には結婚して一か月がたってしまう。今日こそ話しておかないと、このまま諦めてしまいそうだった。
「……ユーグ。ちょっと話したいことがあるんだけど……」
「はい?」
ユーグは読んでいる本から顔を上げて私のほうを見た。
心臓がばくばく言っている。今までに経験したことがないほど緊張している。顔は真っ赤になっているだろう。
とてつもない恥ずかしさがこみ上げてきて、ユーグと目を合わせることができない。様子がおかしい私のことをどんな顔で見ているのだろうか。
「あの、……私……私は、夫婦としての、触れ合いを……したいと思ってて……。ユーグは、どうなんだろうって思って……」
しどろもどろになりながら、迂遠な言い回しをした。だって「えっちなことをしたい」なんて言えない。恥ずかしくて死んでしまう。
これで伝わらなかったらもっと直接的な言い方をするしかないが、きっとユーグなら私の意思をくみ取ってくれるだろう。
伝わってくれることを祈りながら返事が返ってくるまで、永遠のように長く感じられた。
「……言いづらいことを言わせてしまって申し訳ありません。私のせいで」
返って来たのは謝罪だった。
おそらく私が言わんとしていることは伝わったのだろうが、私が聞きたいことに答えてくれてはいない。
「ユーグのせいじゃない。私の気持ちは、私が言わなきゃいけない」
「いえ、ネージュ様がこうして口に出さなくてもわかっていました。……私の都合でわからないふりをしていたんです」
わかっていたのに応えなかったということ。私が甘えると降ってくる優しいキスは、求めているものとは違うとわかっていてそうしていたのか。
やはり私だけが一方的に求めていたのかと思うと、悲しさと恥ずかしさが綯い交ぜになる。
でも仕方ない。私たちは違う人間なのだし、愛の形は人それぞれ。話し合って良い落としどころを探っていこう。
「つまりユーグは、やっぱり、私とそういうことはしたくない――」
「――違います!」
私が言いかけたのを遮るように、ユーグが抱きしめてきた。
「違うんです。不安にさせて申し訳ありません。私もネージュ様と、……そういう関係になりたいと思っています。ずっと前から」
耳元に降ってくる声がどこか熱を帯びていて、いつもの柔らかな雰囲気とは違っている。
ずっと、というのはいつ頃からなのだろう。初めて会った時から今に至るまでユーグからそういう欲を感じたことがなくてよくわからない。だからこそ、私はこんなに悩んでしまったのだ。
けれど、ユーグがそう言うのなら信じる。この思いが私だけのものではなかったのだと思うと嬉しい。
抱きしめ返すと、ユーグは小さく身動ぎした。
「それなら、どうして?」
気持ちは通じていて良かったが、結婚してから一か月もの間、何の素振りも見せないどころか私の言外の求めを無視したことに対する疑問は何も解決していない。
前から思っていたと言うのなら、結婚してすぐ行動に移そうと思わなかったのだろうか。
そうするにあたっての障害となり得ることが特に思いつかず、ユーグが躊躇う理由には見当がつかない。
「それは……」
言い淀むユーグが続きの言葉を紡ぐのを、私は黙って待った。
どうやら余程言いづらいことらしく、何度か口を開いては閉じているのを感じる。
そういう様子のユーグはあまり見たことがない。たぶん顔を見られたくなくて私を抱き締めたのだろうな、と何となく思った。
「……私も、初めて、なんです。こういうのは。だから、きっと余裕がなくなってしまって、自分勝手になりそうで……優しくできる自信が無くて」
とても緊張していて、心底自信無さそうな声だった。
その声音に反して、私の心臓はきゅっと締め付けられるように痛み、早鐘を打ち始める。
私は、ユーグにとって初めての人で。
ユーグが、優しくできないほど余裕を無くして私を求めてくれるなんて。想像するだけでどきどきして、私も今、顔を見られていなくて良かったと思った。
「嬉しい」
「え、……優しくしなくていいんですか?」
「優しくしようとはしてほしい。でも、結果として優しくなくてもいい」
「……そうなんですか」
いまいち私が言っていることをわかっていないらしいユーグが、声に疑問符を浮かべている。
少しかわいい。かわいい、と言われるのは嬉しくないだろうから言わないけれど。
何にせよユーグの懸念がそれであったのなら、もう何も問題ないだろう。
晴れて気持ちを確かめ合った私たちの間に沈黙が訪れた。
元はと言えば私が言い出したことだから、責任を持って私が口に出すべきだろうか。
とはいえユーグに誘ってほしい気持ちを捨てきれない。私の中の乙女心がまだ夢を見ている。ユーグに私を求めてほしい。
考え始めた矢先にユーグが身体を離した。
自然と目が合う。
ユーグは少しも笑っていない。いつもと違って鋭ささえ感じる視線に射抜かれて、頭がぼうっとした。
「……ネージュ様。できるだけ優しくしようとはするので……いいですか?」
「……うん」
そして私達は、やっとのことで初めての夜を迎えた。