前編 2/2
「アイス? ここに来る前に買ったならもう溶けてるんじゃ……?」
もう少しさっきの話題を引っ張りたかったけれどアイスの話は魅力的なので、私も話に乗っていく。
ただクーラーボックスのようなものを持っているわけでもなく、そもそもどこにアイスがあるのかわからない。
「大丈夫です。部屋の冷凍庫に入れてあるのでここに転送します」
と、言った瞬間に空中に棒アイスが二本浮かんでいた。
魔術というのは便利なものだ。
「どうぞ」
彼はそれを手に取って、左手に持っているほうを私に差し出した。
「ありがとう」
受け取ったアイスはビニール袋に包まれていたので外す。
そうしながら、たった今アイスを差し出された手が手袋をしていたことに気づいた。
彼が左手に手袋をしているのはあまりに見慣れすぎて違和感もなかったけれど、こんな日にまで手袋をしていたら余計に暑いのでは。
「ユーグ、こんな暑いのに手袋してるの……?」
そう聞いてみると、彼はアイスの袋を破っている自分の手を見て。
「……なんでこんな暑いのに手袋してるんでしょうね?」
彼自身、自分が手袋をしている認識すら持っていなかったらしい。今存在に気がついた風に呟いた。
「気づいたら暑くなってきたので外します……」
「うん、そうしたほうがいいと思う」
私は棒アイスの袋を破り終えたところで、なんとなく彼のほうを見る。
彼は手袋をしていない右手にアイスを持ったまま、何事か考えているように動きを止めて。
左手を顔に近づけ、手袋の指先を口でくわえて引っ張った。
――なぜか、ただそれだけのことで。急に心臓がぎゅっと握られたように痛んで心音が激しく鳴った。
既に限界まで暑いのに更に体が熱を帯びるのを感じる。
その仕草の何が私にとって毒だったのかよくわからない。
彼はいつも手袋を外すときは手で丁寧に外していたから、意外だったのかもしれない。
きっと手が塞がっていなければ今まで通りにしたのだと思う。ただ袋を破ってしまったアイスを置く場所もなかったから仕方なく口を使っただけで。
そうした理由は完全に理解できるのに、だからといって私にとって毒だったということには何も変わりなかった。
彼が手袋を外し、口にくわえていたそれを左手で持ち直したところで、私の視線を感じたのか目がこちらを向く。
「……大丈夫ですか?」
私がなぜ固まっていたのか心底わからない様子で尋ねられる。
「――え、あ、なんでもない……」
どうしたらいいかわからなくて、余計にかあっと顔が熱くなり、誤魔化しにもなっていない返事をする。
なんでもなくはないのは明らかだ。彼より私のほうが余程感情を隠すのが下手で、いつもちょっとしたことでどきどきして狼狽えてしまう。
「早く食べないとアイス溶けますよ?」
そんな私に、彼はいつもの笑みでそれだけ言ってアイスを食べ始めた。
彼は私と違って、私の誤魔化しがどんなに下手でも、言わなかったことを追及しない。基本的には。それは一種の優しさだと思っているけれど。
「……聞かないの?」
ほんの少し寂しい気持ちになって、わざわざ墓穴を掘るようなことを言ってしまった。
「見ればわかるので」
「う……」
そうしたら全然優しくない答えが返ってきて何も言えなかった。それはそうだ。私が今とてもどきどきしていることは見ればわかる。
「なんでそうなったのかは理解できてませんが……聞いてほしいですか?」
「き、聞かなくていい。私もよくわかってない……」
「わかりました。――ところでアイス溶けてます。服汚れますよ」
「あ、うん」
アイスの表面がもう溶けかけていて、慌ててハンカチを取り出してスカートに敷いた。
ぼたぼたと溶けて落ちていくアイスをようやく食べ始める。
「……おいしい」
「良かったです。明日も買っておきますね」
そうして私たちはまた明日の約束をした。