後編 4/4
俺は本日のノルマを達成したので、昨日約束したアイスを転送魔術で取り出した。
もう部屋の冷凍庫に入るだけ詰め込んであるので、夏が終わるまで毎日食べられるかもしれない。
「どうぞ」
「う、うん……」
彼女はまだ落ち着いていない様子でアイスを受け取った。新しい服を汚さないようにハンカチを膝に敷き、アイスの袋を破き始める。 食べている間に落ち着くだろうと思って俺も袋を破いていると、ふと気づいた。
また左手に手袋をしている。
実は今日は昼食のときに気づいて、食べ終わっても外したままにしておこうと思った。それなのに食べ終わる頃には忘れていていつも通りまたつけてしまった。
自分の鳥頭ぶりに呆れてしまう。
気づいた途端に暑くなってくるのはなんなんだろう。
外したいけれど、昨日の彼女の反応を思い出す。
よくわからないが、俺が口で手袋を外すのは彼女にとってはあまり良くないらしい。良くないというか、なぜか顔を真っ赤にして固まってしまっていた。
それを知っていながらまたやるのはどうかと思う。でも今日ももうアイスの袋を破いてしまったので手が塞がっている。
逡巡したが、彼女にアイスを持っていてもらえばいいという発想に至った。
「ユーグ、また手袋してる……」
ちょうど彼女も気づいたらしい。
「そうなんですよ、今日も無意識につけてて……。ちょっと外したいんですが手が塞がってるので――」
「じゃあ私が外す」
「え」
なんでそうなるんだ。
昨日のがよっぽど心臓に悪かったのはわかるけど、そこまでしなくても。
というかアイスを持ってもらえればいいんだけど。
などと思っている間に、彼女は右手にアイスを持ったまま左手を伸ばしてきた。
少し無理な姿勢で手が届きづらいのか、身体を寄せてくる。とん、と肩が触れた。薄手の服越しに体温が伝わってきて、急に心臓が痛い。
彼女は今は手袋を外すことに集中しているので、他のことを認識していない。おそらく自分から身体を寄せたことも、触れていることも気づいていない。だいたい後で我に返った途端に恥ずかしがるのだけれど。
とにかく今それを気にして、伝わってくる体温以上に熱さを感じているのは俺だけだった。
そしてやや上体を倒しているせいでワンピースの襟ぐりが緩んでいる。
いつもはこういう服を着ないせいで気が回らないのかもしれない。
服の奥に隠れているはずの部分がちらっと見えて、とても目によろしくない。
あとその無防備さというか隙だらけな感じが精神に良くない。
理性を叩き起こして目を逸らす。
――後で、……ニナに。ニナに言おう。「は⁉ 見たんですか⁉ 頭をぶん殴って記憶を抹消するしかないですね!」とか言われて本気で殴られそうだけど。
でも他の人に見せたくないから注意はしてほしいし。同性であるニナに指摘してもらうほうが彼女にとってはいいだろうし。そもそもニナがちゃんと教えておかないのが悪い。
視線を明後日の方向に向けている内に指先が触れたのを感じた。
彼女は手袋を無理やり引っ張ったりせず、指の一本ずつ丁寧に外していく。
――そんなに大事な物じゃないから適当に外してくれていいんだけど。
と思いながらも言えずに黙って指先の感触を感じている。
今何よりも、彼女が手袋を外し終える数秒後までに表情を取り繕うことに必死だった。
「外せた」
と、彼女はようやく手袋を外して俺の膝の上に置き、顔を上げた。
俺が内心狼狽えているのとは対照的に、普段落ち着いているときの表情を浮かべている。
「……ありがとうございます」
俺はというと、とりあえず笑みを張り付けることには成功したので何事もなかったかのように彼女と目を合わせてお礼を言った。
「――あ」
ただ彼女は先ほどより近い距離で目が合ったことを認識し、少し遅れてばっと離れた。
白い肌が再び紅潮し、青い瞳が揺らいで目線が下に向く。
「ごめんなさい、暑いのにくっついて……」
「別に謝らなくてもいいですし、くっついたままでもいいですけど」
「……っ、あ、暑いからやめておく」
「そうですか。残念です」
心音はそれなりにうるさいのに、言葉だけはすらすら出てきて不思議な気持ちになる。
言っていることは嘘じゃない。普段の自分なら口に出さないかもしれないだけで。
彼女に見せている笑顔も、優しい声も、嘘ではない。
たぶん自分がそうありたいからやっている。
そういえばアイスが溶ける。
俺はハンカチを膝に敷くなんて丁寧なことはしていないので、溶けると普通に服が汚れる。別に汚れてもまあいいけど、彼女が今度は服を拭こうとしだしたりするかもしれない。
とりあえずさっさと食べてしまうに越したことはない。
「明日は手袋つけないで来ますので」
「……たぶん明日もつけてると思うよ?」
「では明日は予想が当たったほうがアイスを二本食べられるということで」
「私明日おやつ食べないでおかないと……」
溶けかけのアイスが甘い。