アイラの能力が初めて必要とされた日 2/3

「もちろんです、髪でも目でも肌でも何でもいけますよ! 美容院で髪を染めるより断然おすすめです、染めるのも元の色に戻すのも一瞬ですし、髪が痛むこともありませんから! 色を見せていただければその通りに再現しますし、どんな色にするかお決まりでないようなら私と一緒に相談しながら決めましょう! 実際に染めながら相談できますから失敗もありえません!」

 

 勢いよくまくし立てるアイラに、少女はやや怯んだように見えた。

 レヴィだと怖がられるという理由でアイラが店員に採用されているのに、怖がられてしまっては存在価値の一つが失われてしまう。とりあえず笑顔を浮かべておけば大丈夫だとレヴィに聞いていたので、アイラはにっこりと笑った。

 

「だそうですよ、お嬢様。何か聞きたいことは?」

「……それって魔石に魔術を込めていただいて持ち帰ることはできますの? 元の色に戻すのもセットでお願いしたいですわ」

 

 イドのフォローもあって少女は姿勢を正してアイラに向き直り、言葉通りにお嬢様のような口調でアイラに問いかける。

 

「ええ、大丈夫です、お持ち帰りできます! ただし追加料金をいただきますのでご了承ください」

 

 その魔術の持ち帰り可否も料金も一切決めていなかったが、アイラは勝手に答えた。魔術を込めるのは問題ないはずだ。しかし魔石はそこそこ値が張るので、流石に無料では無理だろう。

 背後でレヴィが何やらパソコンのキーボードを叩いている音がする。見積書を作成しているに違いない。

 

「料金はどのくらいなのでしょう?」

「色を変える対象によって違うので、個別にお見積りしております! なので詳細をお伺いしてもよろしいでしょうか? 今回は髪と瞳の色を変えたいというご要望で?」

「ええ」

「肌の色も変えたほうがいいんじゃないですか? お嬢様を知っている人間が見たら、髪と目の色だけではわかってしまうかもしれません」

「なるほど……。では肌の色も変えますわ」

 

 きっとこのお嬢様はお忍びで出かけたいのだろう、とアイラは想像した。髪、瞳、肌の色まで変えれば、よほど親しい人が近くで見ない限りは同一人物だとは思われないに違いない。

 

「なるほど。大丈夫です、お肌の色を変えても十分お支払いいただける金額になると思います」

 

 アイラは店の奥にいるレヴィに、『お手頃価格でお願いしますね!』と念を送った。おそらくこの念は通じていないだろうが、きっとレヴィも同じ考えでいるだろうと信じている。

 既にアイラの中ではこの少女の事例をモデルケースとして売り出す構想が花開いていた。『何でも色を変えられます』では集客力に乏しすぎたのだ。『気軽に髪色をチェンジ!』と具体的に売り出して美容院から客を奪う。そのとき基準になるのは今決めた金額になる。

 お嬢様らしいこの少女になら多少高くても売りつけられると思うけれど、先のことを考えるべきだろう。

 

「さて、何色にするかを決めて、今実際に変えてみましょう! 仕上がりに納得いただいてからご購入いただきたいので! イメージはもうお決まりでしょうか?」

「そうね……、先生、何色がいいと思いますか?」

 

 少女はイドを見上げた。先生というからには何か習っているのだろう。イドが画家以外の職を持っているとは初耳である。シンプルに考えて、絵画教室でもやっているのかもしれない。

 

「俺と同じ色がいいんじゃないですか?」

「先生と同じ……! ええ、とってもいいと思いますわ! 先生と同じ色にしますわ!」

「俺もそのほうが助かりますよ。兄妹に見えたほうが面倒が減りますからね」

「……そうですわね……きっと兄妹にしか見えませんわ……」

 

 イドと同じ色と聞いて華やかな笑顔を浮かべたのに、次の瞬間には可愛らしく頬を膨らませた少女。

 彼女は絵の先生であるイドに恋をしていて、一緒にお忍びでお出かけしようとしている。しかし今のところ完全に脈無しである――というところまで何となく把握し、アイラは微笑ましい気持ちになって心の中で少女を応援した。

 今はまだとても二人が恋愛関係になりそうには見えないけれど、あと数年もたてば状況も変わるかもしれない。

 

「ではちょっと変えてみますね」

 

 アイラは両手を胸の前で組み、少女に与える色彩を思い描いた。褐色の肌に灰色の髪、そして青色の瞳。イドと同じ色。

 星屑が降ってくるように、どこからともなく光が舞い降りて少女を包む。

 一瞬の後に少女の色彩はイドと全く同じになっていた。

 

「すごい……」

 

 少女は自分の手の色を見て驚きの声を漏らした。

 

「どうぞ、髪と目の色もご確認ください。鏡は……ちょっと待ってくださいね」

 

 カウンターの中に鏡が無かったので、アイラは商品棚へぱたぱたと駆けていき、ラインストーンで控えめな飾りがついた手鏡を手に取った。汚さなければ大丈夫だろうと、それを持ち帰って少女に渡す。

 

「本当に別人みたいですわね」

「ええ、これならお嬢様だとは気づかれないでしょう」

 

 少女は鏡を見て再度感嘆し、イドは顔を見合わせた。

 あとは互いの呼び方さえ改めればどう見ても兄弟だ。

 

「ご満足いただけたようで何よりです。では一旦元に戻しますね」

 

 アイラが再び祈るように手を組むと、少女の色は一瞬で元通りになった。

 色を変えるときはどんな色に変えるかを明確に思い描く必要があるけれど、元の色に戻すのは「元の色に戻す」と考えればいい。アイラ自身もなぜそれでいいかはよくわかっていない。ただ生まれつき色を変える能力があって、どうすればいいのかも知っていただけなのだ。

 

「――お待たせしました。こちらがお見積書です」

 

 ちょうどそのタイミングでレヴィが店の奥から現れ、アイラの横から一枚の紙を差し出した。

 少女がその紙を受け取って上から下まで視線を巡らせ、「問題ありませんわ」と答える。

 

「では早速魔術を込めます。アイラ、これに頼む」

「はい!」

 

 レヴィからルビーとアクアマリンのような二つの魔石を手渡された。大きさは手のひらにすっぽりと収まる小石大で、ごつごつした歪な形をしている。

 魔石は加工すれば宝石のような輝きを放ち、宝飾品にもなる物だが、これは未加工だ。ただ魔術を込めるために売られていて、魔術を使うと砕け散る。

 アイラはそれらに先ほど少女に使った魔術を封じていく。

 

「できました。青いほうが色を変える魔術、赤いほうが元に戻す魔術です」

「ありがとう。――ではお包みしますので少しお待ちください」

 

 魔術を込めている間に会計は済まされていた。

 レヴィは魔石を包装するために店の奥に消えていく。いつも店内にある商品ならアイラが包んでいるのだが、魔石をどのように包むかは聞いていなかったので任せることにした。

 

「ところで店長が魔術師と聞いていましたけれど、あなたも魔術師なんですのね」

「え? いえ、私は魔術師ではありませんよ」

「……そうなのですか? でも魔術を使っていましたよね」

 

 少女は心底不思議そうにしている。一方アイラも脳内に疑問符が浮かんでいた。

 魔術を使うのは魔術師ではない。魔術師に召喚された精霊である。それなのになぜ少女は、魔術を使ったアイラを魔術師だと思っているのだろうか?

 顔を見合わせる二人を助けてくれたのはイドだった。

 

「ああ、お嬢様、魔術師は精霊を召喚して魔術を使ってもらうものなんですよ。魔術師が魔術を使うわけではないんです」

「あら、そうなんですの? 知りませんでしたわ」

「魔術師はあまり身近な職業ではありませんからね」

 

 どうやら魔術師というのはあまり世に知られていないらしい、とアイラは初めて知った。

 確かに今の世の中、日常的に魔術が必要になることは無い。この世界の大多数の人は精霊を召喚できないので、精霊の力を借りなくても快適に生きていけるように発展したのだ。

 それでも魔術でしか成し得ないことはあるから魔術師は消えないだろうが、一般的に知られていないのは無理からぬ話だろう。

 そんなことを考えているとレヴィが戻ってきた。淡く色がついた不織布の小袋が二つ少女へ渡される。袋の口を留めているリボンにはタグがついているのが見えた。

 

「こちらのタグにどちらの魔術が込められているか記載してありますので、お間違えの無いようお気をつけください」

「ありがとうございます。では行きましょう」

「はい。……じゃあレヴィ、また今度」

「ああ」

 

 こうしてアイラの能力に初めて価値を見出してくれた二人は退店していった。