アイラの能力が初めて必要とされた日 3/3

 その日の夜、アイラはいつも以上にはりきって豪勢な夕食を作って食卓に並べた。

 

「これは……?」

「ハンバーグですよ?」

 

 まるで満点の星空のように煌めく色のハンバーグを自信満々に出したが、レヴィはお気に召さないようで微妙な顔をしている。

 食欲が湧く色とそうでない色がある、というのは以前聞いた。けれどアイラは実際に存在する食べ物に基づき、これは食欲が湧かない色ではないはずだと判断して出したのだ。そのためレヴィの反応に首を傾げた。

 

「『星空のゼリー』っていうのが綺麗で大人気だってこの間見たんです。この色は食べ物に使っていい色ってことだと思ったんですけど」

「ああ、ゼリーならいいかもしれないな……」

「それはゼリーが特別なんでしょうか? それともお菓子とお肉の違いですか?」

「うーん……」

 

 曖昧な返事を返すレヴィを見て、アイラは「どうやらそう簡単な話ではないらしい」と認識を改めた。

 精霊であり、食事を取らないアイラには、美味しそうな色とそうでない色がわからない。でもレヴィもどういう色ならいいかはよくわからないようだ。彼は実際に着色されて出された食事に対し、色が合うか合わないかを判断はできるが、「それなら一般的にはどういう色ならいいのか?」という質問にはうまく答えられない。

 いや、もしかしたらレヴィだからかもしれない、と口には出さずに思う。何しろレヴィは固形やゼリー状の栄養補助食品を毎日三食常用していたほど食事に無頓着な人間なのだ。

 そもそも今アイラが調理を担当しているのも頼まれたわけではない。レヴィがアイラに頼んだのは店員業務だけだった。しかしその後しばらくレヴィの生活を観察した末に、彼の健康に不安を抱いたアイラが見かねて食事を作り始めたという経緯がある。

 やはり今後も自分で人間の食事を学んで色々試していこうと考えながら、アイラはハンバーグの色を元に戻した。

 

「ご主人様には難しかったようですね……。とりあえず冷めない内にどうぞお召し上がりください」

「ちょっと馬鹿にされてる気がするけど、ありがとう。いただきます」

 

 食卓に並べた食事は一人分だけなので、アイラはただ向かいに座ってレヴィの食事の様子を眺める。レヴィは食べているところをずっと見られているのが気まずいのか俯き気味で、それに何を食べてもあまり表情を変えない。

 好きではない味なら教えてくれるように言ってはいるけれど、もしかしたら「作ってもらっている立場で文句を言うなんて」と遠慮して何も言わないかもしれないので、実際に口にしたときの様子を見極めようとしているのだ。

 とはいえ仮にレヴィが「もっと濃い味で」というような要望をしてきたとしても、レシピの味付けを変えることはアイラにはできないので、単にそのレシピを今後採用しなくなるだけなのだが。

 

「そうだ、今日は売り上げがあった記念にケーキも買ってきましたからね!」

「売り上げがあっただけで記念になる状況は良くないな……」

「それはそうですねえ……。まあでもそれを差し引いても、私の能力が初めて必要とされた日でもありますから! 今日は私の中では記念日なんです」

「……初めて?」

 

 レヴィが食事の手を止めて顔を上げた。

 驚くようなことだったのだろうか、とアイラは不思議に思う。レヴィに召喚されたとき、自分は誰にも召喚してもらえない役立たずなのだと話したはずだ。覚えていないということはないと思うが――。

 

「もしかして私の役立たずっぷりを過小評価していましたか?」

「え、いや、そもそも俺は役立たずだなんて思ってないし……一度や二度くらいは召喚されたことがあるんだと……」

「ご主人様は優しいですね。私を呼んでくれたのはご主人様だけですよ」

 

 この世界の魔術師は精霊たちが住む世界のことを詳しくは知らないらしい。資格ある者が定められた手順に基づき己の魔力を対価として精霊を呼び出せるというだけで、呼び出されていないときの精霊がどこで何をしているかは誰も気にしていないという。

 精霊が暮らす世界のことは人間にあまり話さないほうがいいらしいのでアイラも話していないが、実態としては、精霊たちはこことは別の場所で暮らしている。魔力をエネルギー源として成立している世界だ。その場所において、人に呼び出されない精霊はタダ飯食らい扱いされるので地位が低い。

 人に呼び出される精霊がどのように決まるかと言えば、対象が指名されている場合を除いては、召喚者に要求されたことを満たせる能力を持つ者の内で対価が釣り合う精霊が早い者勝ちで応じるシステムである。

 売れっ子であればあるほど先に手を挙げることができるため、アイラのように呼び出しがかからない精霊はますます呼び出される機会を失う世知辛い世界だ。

 そしてレヴィの要求は『人間の姿をして毎日日中に店員業務をしてほしい』という物だった。提示された対価は、並みの精霊なら呼べる程度。しかし精霊の能力を必要としない要求だったため、自身の能力に誇りを持っている精霊は嫌がり、ついにアイラまで仕事が回ってきたというわけだ。

 

「だからずっと召喚し続けてほしいって頼んだんです。帰って馬鹿にされるより、私を必要としてくれたご主人様の傍にいたかったから」

「……魔術師の召喚に応じたのに馬鹿にされるなんて」

「仕方ないことです。ご主人様の願いは私の能力を必要とした物ではありませんでしたから。プライドが高い精霊は人間を見下していて、人間でもできるような要求に応じる精霊のことも見下してくるんですよ。人間の間でも高位の精霊は傲慢だって言われているでしょう? 本当、性格悪いですよねえ」

「……」

 

 レヴィの食事の手が完全に止まってしまっているのを見て、アイラは「冷めちゃいますよ」と声をかけた。しかしレヴィはぼんやりとした相槌を打つだけで、食事を再開する様子は無い。

 性格が悪い高位の精霊共の愚痴なんて言ってしまって食欲を削いでしまった、と思ったアイラは努めて明るい笑顔を浮かべた。

 

「でも、今日、私の能力を必要としてくれる方が現れましたから! これで私もとやかく言われる筋合いはありません。どんな色にでも一瞬で変えて、しかも元の色に戻すのも思いのままなんて、人間にはとてもできないことですから! ですから今日はとてもいい日で――」

「……ごめん」

「え……っ? 急にどうしたんです?」

 

 突然深刻そうな顔で謝罪してきたレヴィにどういう反応をすればいいかわからず、アイラは狼狽えた。

 今までの流れのどこにレヴィが謝る要素があったのか全くわからない。何なら食事の邪魔をした自分のほうが謝るべきである気さえする。

 

「俺は人間でもできる仕事をアイラに頼んだ上に、アイラの能力も活かせなかったから、ずっと傷つけてたんじゃないかと思って」

「ええっ⁉ ご主人様、深読みしすぎじゃないですか⁉ もっと気楽に生きたほうが人生楽しいと思いますよ?」

「……真剣に謝ってるんだから茶化さないでほしいんだけど」

「だって私は傷ついてませんから、そんな真剣に謝られても困ります。ご主人様の思い違いですよ」

 

 アイラにそう言われるとレヴィは少々黙り込んだ後に「わかった」と言った。

 その様子はあまりわかっていないように見えたのだが、それこそ深読みというものだろう。アイラはレヴィの言葉を信じることにした。毎日一緒に暮らしている同士が言葉の裏を読み合うなんて疲れるに決まっているのだから。

 そして立ち上がり、冷めてしまっている食事を手に取ってラップをかけ、レンジに突っ込んだ。

 

「もう、それより早く食べてくださいってば! 食後にケーキもあるんですから!」

「ああ、うん。……それにしてもケーキ食べられるかな、これ……」

 

 そしてレヴィが豪華な夕食を食べ終わった後にホールケーキを出したら拒否されてしまい、アイラはレヴィの胃袋の容量を学んだのだった。